ダンスインザムードの紹介

生年月日

2001-04-10

サンデーサイレンス

ダンシングキイ

戦績

25戦6勝(うち海外:4戦1勝)

調教師

藤沢和雄

騎手

北村宏司

馬主

社台レースホース

生産者

社台ファーム

解説

天才・武豊と名調教師・藤沢和雄がタッグを組み唯一G1を勝った馬がいた。
この牝馬は藤沢和雄と藤沢の愛弟子の北村宏司に悲願をもたらすのである。
姉はダンスパートナー、兄はダンスインザダークと生まれた時点でクラシックを意識させる馬。


華麗なるダンス一族の最後のG1馬


それが


『ダンスインザムード』


関東の名門・藤沢厩舎に入厩したダンスインザムードは12月の中山のデビュー戦をオリビエ・ペリエを背に持ったままで6馬身差の鮮やかなデビュー勝ちを収めた。
続く500万の若竹賞では休養していた岡部幸雄に復帰後初勝利をもたらした。
その後、鞍上に武豊を迎え桜花賞への最終便である中山のG3フラワーカップが選ばれた。
スタート後スンナリと2番手につけたダンスインザムード、初めて乗る武豊との呼吸もばっちりであった。
持ったままで直線に入り、残り200mまで仕掛けを我慢し後ろの馬を確かめてから追い出し最後は1馬身1/4差で勝利した。
一躍、桜花賞の主役になったのであった。

ダンスインザムードの姉はオークスを制したダンスパートナー、兄は菊花賞を制したダンスインザダーク。
共に強烈な末脚を武器とした追い込み馬であった。
しかし、ダンスインザムードはその2頭とは異なりスピードを武器に先行するのがこの馬のスタイルであった。

2004年4月11日、桜咲く阪神競馬場で第64回桜花賞が行われた。
他の実力馬たちを押さえてダンスインザムードは1番人気に支持された。
ゲートが開きダンスインザムードの武豊は6番手に位置を決めた。
4コーナーを馬なりで回ってきたダンスインザムードは追ってくるアズマサンダースを退け見事桜花賞馬となったのだ。
4角先頭と力でねじ伏せた勝利であった。

管理していた藤沢和雄は数々の大レースを制しながらもクラシックには全く縁のない調教師であった。
そんな名門厩舎の馬に天才武豊が乗り勝利を収めた。
ファンは名門と天才のコラボレーションに酔いしれたのだった。

5月23日のオークスに進んだダンスインザムードをファンは1.4倍のダントツ人気にした。
エアダブリン、ダンスパートナー、ダンスインザダークと2400mで良績のある兄弟故に距離不安など一切なかった。
寧ろ一番鬼門と思われた桜花賞を圧勝してしまい、後は楽勝で三冠馬だと思っていた。
ただ、パドックでは今まで見せたことがないくらい入れ込みが激しく発汗をしてしまった。

そう、この馬の課題は“気性”であった。

レースが始まり好位やや後ろから進めて行くダンスインザムード。
向こう正面に入るとやや行きたがるところも見せ、武豊は必死に手綱を引っ張っていた。
途中から福永祐一騎乗のダイワエルシエーロがハナに立った。
直線を向き馬群を縫って伸びようとするダンスインザムードだが、思ったほど伸びることが出来ない。
それどころか最後は追い込んできたヤマニンアラバスタにも差され4着と敗れてしまった。

桜花賞までは、非の打ち所がないサラブレッドが急に見せた弱さ。
それがこの先も天才少女を苦しめていくのである。

オークスで敗れたダンスインザムードは、アメリカンオークスに出走した。
距離は2000mとオークスよりは短くなるのは間違いなくプラスだった。
3番手からレースを進めて行ったのだが、武豊にしては珍しく大事に乗りすぎてしまい最後は先に抜け出した馬を捉えきれずに無念の2着だった。

秋はトライアルを叩かずに秋華賞に直行した。
単勝1.7倍。
2000mなら勝てると思っている人が多かった。

最内枠からスタートし3番手に付けたが幾分武豊も乗り難そうな感じに映った。
それでも、馬なりで直線に入り手ごたえも良く見えた。
いざ、追い出したらやはり伸びない。
後方にいたスイープトウショウから遅れる事6馬身差で4着だった。

確実に1頭になると気を抜くところがあった。
1600mならなんとかなるのだが、それ以上になると先に抜けるとダメだった。

この頃から走る距離を制限していくのであった。

次に藤沢がダンスインザムードを向かわしたのは古馬最高峰の天皇賞(秋)だった。

ここ数戦の走りで2000mに不安を感じ勝ち負けは厳しいと思っていた。
このレースでは、武豊がお手馬のアドマイヤグルーヴに騎乗することとなりクリストフ・ルメールが代わりに手綱を取った。
内枠と言う事もありここも積極的に3番手を取りに行った。
レースで引っ掛かるところは見せなかった。
最後の直線で抜け出すと、最後は同厩舎のゼンノロブロイには屈したが2着に粘り込んだのだ。
次にマイルチャンピオンシップに向かい、デュランダルには差されたが2戦連続G1で2着になり力があるところは見せていた。
この年の最後に香港カップに向かったが13着と惨敗したが、最優秀3歳牝馬を受賞した。

翌年は京王杯スプリングカップから始動するが1番人気の9着、続く安田記念が18着と全くいいところはなかった。
夏のクイーンステークスに出走するがここを8着、札幌記念が12着ともはや、桜花賞勝った面影は微塵も無かった。

10月の府中牝馬ステークスで初めて手綱を取った北村宏司は今までとは全く変わり、後方からの競馬に打って出たのだ。
着順こそ8着だが上り3ハロンで32.7の驚異的な末脚を繰り出したのだ。
復活の予感に一抹の光が見えた陣営は再び天皇賞(秋)に出走した。
人気は昨年と同じ13番人気。
ここ1年間の実績を考えれば納得の人気だった。

ここは果敢に前に付けたダンスインザムード。
1000m通過が62.4のスローペースであった。
内から抜け出していき今年こそ勝ったかと思ったが最後はヘヴンリーロマンスの極上の切れ味の前に3着に敗れたが、一時期の絶不調は脱していた。

2006年の初戦は久々に武豊を背にマイラーズカップに出走。
ここはダイワメジャーの2着になってしまったが、この年から創設された“ヴィクトリアマイル”に向かった。

2006年5月14日曇り空の東京競馬場。
記念すべき第1回ヴィクトリアマイルが行われた。
好スタートを切ると楽に5番手に付けて行った。
1頭になると遊ぶところを心得ていた鞍上の北村宏司は極限まで追い出しを我慢した。
坂を上るまでは馬の間に入れて闘争心を切らさないように馬を持って行き、残り300mを切ってようやく追い出す。
外から人気のエアメサイアなどが飛んできたが最後まで気を抜かずに走り、記念すべき初代女王に輝いた。
北村宏司は初めてのG1制覇となった。

その後再びアメリカに渡りG3のキャッシュコールマイルを勝利し海外で初めて重賞を勝利した。
秋は国内のレースに出走したが勝つことは出来ずに香港マイルを最後に引退した。

この年の最優秀4歳以上牝馬を受賞した。


エリートとして生まれ天才少女と呼ばれていた。
その通り、無敗で名門に悲願をもたらした。
しかし、思春期には全てのものに反抗していた。
そして、そんな気難しい少女を大人にし進むべき道に戻したのは幼き日からダンスインザムードを知る名門の愛弟子であった。

そんな大人になった天才少女は自分を更生させてくれた北村宏司にも悲願をもたらした。

『ダンスインザムード』

この馬は、最高の孝行娘であった。

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