ダイナガリバーの紹介

生年月日

1983-03-23

ノーザンテースト

ユアースポート

戦績

13戦5勝

調教師

松山吉三

騎手

増沢末男

馬主

社台レースホース

生産者

社台ファーム

解説

1983年に1頭の栗毛の馬がこの世に生を受けた。
その名は『ダイナガリバー』
父は日本競馬の根幹を築いた大種牡馬・ノーザンテーストである。

ダイナガリバーを語る上で欠かせない一人の人物がいるが、その方については後述するとしよう。
ダイナガリバーは8月の函館でデビュー戦を迎えた。
単勝は1.2倍の圧倒的1番人気で結果は2着だったが、折り返しの新馬戦では人気に応えて勝利。
そして、12月の中山まで休養に充てオープン特別のひいらぎ賞で復帰し勝利。
3番人気ではあったが2着に1馬身1/4差をつけて快勝し、一躍クラシックの主役に躍り出た。
そしてこのレースから引退までを増沢末男が手綱を取るのであった。

明けて4歳(旧年齢)。2月に府中で行われる共同通信杯4歳ステークスから始動。
暮れにオープンを勝ったばかりにも関わらず、単勝1.6倍の支持を受けた。
ダイナガリバーのレーススタイルと言えば、先行抜け出し。
ノーザンテーストの代表産駒の1頭であるアンバーシャダイも先行抜け出しを得意とし、その父の産駒の傾向をダイナガリバーも受け継いでいたのである。
そして、皐月賞トライアルのスプリングステークスを予定していたが、降雪により延期が決定。
これにより、皐月賞への間隔が短くなってしまうため陣営は皐月賞への直行を決めたのだ。

迎えた第46回皐月賞。
1番人気は前年の3歳チャンピオンでトライアル弥生賞を勝ったダイシンフブキ。
ダイナガリバーはレース間隔が開いていたが2番人気の支持を受けたのだ。
しかし、レース間隔が開いたブランクは隠せず終始中団の外を回らせ直線もいいところなく10着に大敗した。

先に述べたダイナガリバーを語る上で欠かすことの出来ない人物。
それこそ、社台グループの創始者である『吉田善哉』である。
吉田善哉と言えば、日本にサンデーサイレンスを持ち込んだ人物であるが、その前はノーザンテーストを種牡馬として日本に持ち込んだ人物である。
ノーザンテーストは1982年から1992年まで11年連続で日本のリーディングサイアーに輝き日本競馬の血を塗り替えた種牡馬である。
ダイナガリバーが生まれたときに吉田善哉が「やっとダービー馬が生まれた」と言ったほどこの馬への期待は計り知れないものであったのだ。

吉田善哉は早くから「ダイナガリバーでダービーを勝つ」と宣言しており、このダービー制覇こそ彼の幼少からの夢だったのである。

皐月賞の大敗から1ヶ月。
迎えた第53回日本ダービー。
快晴の良馬場という最高のコンディションで行われた。

しかし、レース当日ダイナガリバーは3番人気に甘んじてしまうのである。
1番人気は3連勝でNHK杯を制したラグビーボール。
2番人気は皐月賞馬ダイナコスモスであった。

レースでは皐月賞とは打って変わって前めの位置に付け、1000mを1分2秒5とスローな流れを4番手で追走する。
そして4コーナーを前に先頭に立つと、内から一旦先頭に躍り出た14番人気で田原成貴騎乗のグランパスドリームを半馬身押さえて見事勝利。
吉田善哉の幼き頃からの夢であった日本ダービー制覇を、自らが見つけ出した馬の仔で叶えたのである。
そして、ダイナガリバーがダービーを制しその場で号泣したと言われている。
ダイナガリバーの主戦騎手であった増沢末男はこの勝利で史上最年長ダービージョッキーに輝いたのである。

ダービー馬の称号を手にしたダイナガリバーは目標を菊花賞に定め、秋の初戦を中山のセントライト記念に決めた。
ダントツの1番人気に支持されるも4着に敗れ、続く京都新聞杯では2番人気になってしまい結果もまた4着であった。
この2レースの結果を受け「ダイナガリバーはダービーで終わった」と関係者やファンに思われてしまい、菊花賞ではダービー馬でありながら5番人気の低評価になってしまったのだ。
だが、ダービー馬は諦めない。
持ち味の先行力をフルに発揮をし粘り、勝ったメジロデュレンの2着と地力とダービー馬の意地を見せた。

ダイナガリバーが1986年の最後に出走を決めたレースが、グランプリ有馬記念であった。
初の古馬との戦い。
ダービー馬と言えどその後は不安定なレースが影響し、前年の皐月・菊花の2冠馬ミホシンザン、牝馬三冠馬メジロラモーヌ、天皇賞(秋)の優勝馬サクラユタカオーに次いで4番人気であった。

レースは終始内ラチ沿いをピッタリと回り、平均的な流れを4番手で追走し直線を向き逃げたレジェンドテイオーを捉えるとそのまま粘り込み大外強襲のギャロップダイを半馬身押さえ勝利。
日本ダービーと有馬記念を制したことから、この年の年度代表馬に選出されたのだ。

飛躍が期待された5歳。
天皇賞(春)を目指して日経賞から始動するが3着に敗れ、天皇賞を前に骨折が判明し、凱旋門賞挑戦のプランも持ち上がっていたが白紙になってしまい、秋までの休養を余儀なくされる。
骨折が癒え、毎日王冠から復帰をしたが見せ場なく12着と大敗。
連覇を目指し有馬記念に出走するが、ここでも14着と惨敗しこのレースを最後に引退した。

引退後は種牡馬となり、1996年桜花賞馬ファイトガリバーを含む重賞勝利馬を5頭輩出した。
種牡馬引退後は余生を過ごしていたが、2012年に29歳で亡くなったのであった。


吉田善哉のダービー制覇の為に生まれて来た馬。
それが『ダイナガリバー』なのである。

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